柳原白蓮と伊藤伝衛門

  旧伊藤伝衛門邸を市がお買い上げ邸宅を開放ということで

  柳原白蓮、伊藤伝衛門に再び脚光が・・・

  
f0063889_20164797.jpg

              嫁したころの麗しき柳原白蓮。
 
  
  先妻を病で亡くした筑豊の炭鉱王と、

  バツイチの華族出身の麗人。しかもその麗人は歌人。

  お互いに欲しいもの(足りないもの)を求めあう同士が、縁ありて結ばれる。

  そのとき、おん歳、片や51歳、片や26歳でありました。

  もうこの時点で、ドラマです。

  
  



   
   
                
 
f0063889_7355522.jpg

  敷地面積約2300坪 床面積約300坪 明治30年~昭和初期まで建造増築改築。

    
    面白いのは嫁ぐ際の条件。

    水洗トイレ。朝食はパン食(当時パンやさんは近くになし)遠くの街まで買出し。

    まぁ、他人さまのことではございますが・・・。

    離縁状などをたたきつけた彼女に、

    世間は騒ぎ、白蓮さんへの同情よりむしろバッシングの嵐。

    伝衛門さん贔屓 白蓮さん贔屓 いろいろありましょうが・・・。

    この度めでたく両家の子孫が握手ということで、(地方紙3面記事に掲載)

    遺恨を残さず新たな出発と相成り候。
f0063889_7483410.jpg

f0063889_751877.jpg

f0063889_7203324.jpg

    彼女の為に一等地のお部屋が用意された。2階日当たり良好。当時遠賀川が望めた。
f0063889_722529.jpg

    お部屋から外を眺める。中は撮影できません。 白蓮さん在10年。
f0063889_7393520.jpg

               無垢に咲く花壇の花(^-^)

 そのような世間バナシのあれこれよりも

 ワタシにとっていちばん興味あったモノ

 それは人形です。

 この婚礼の際京都の人形師(丸平)が一世一代精魂傾け造り上げた人形
 (本有職雛脱着せ立像)

 離縁の後、行方不明になっていたが、最近になり所在判明。

 86年ぶりに里帰り。13日までの短い滞在らしい。

 ・・・・暫くは座り込んで動けなかった。

 圧倒的な技術力、人形師としての自信と誇り。

 そして・・・この人形は此処に現れて、我々の前に立ちたかったのではないかと

 思えてきた。


  追記   

  
f0063889_17502760.jpg

      歌ではありませんが、宮崎氏へ送られた文

   「こんな おそろしい女 もういやですか いやならいやと 早くおっしゃい

    さあ どうです お返事は?」   

    こんな文が残っていたなんて・・・嗚呼・・・。



   追記の追記


   今日現在2014年4月晦日。タイムスリップしてやってきました。

   上の記事から既に7年が経っております。

   この記事のアクセス数が多くびっくりです。(☉ ౪ ☉)

   最近始まった朝ドラのせいでしょうね。

   お暇な方はゆっくりしていってください。お茶はでませんが (笑)

   赤毛のアンに関してはこちらや こちらも ┐(´ー`)┌  

  
by hiriko212 | 2007-05-10 08:09 | 旅行 ・おでかけ
<< ヘルシー大学OB会 端午の節句 >>